手や足を動かしたり、呼吸や消化などの生理的な機能が問題なく動いているのは、脊髄が脳から受け取った伝令を各部位の末梢に伝達しているからです。もしも脊髄を損傷すると、麻痺を起こし、運動機能や知覚に大きな影響を及ぼします。これまで、損傷した脊髄は脳と同じ中枢神経であるため、一度傷つくと元には戻らないと言われてきました。しかし近年の再生医療の発達によって治る可能性が出てきました。ここではどのように損傷した脊髄を再生医療によって治療していくのかをご紹介します。
◆目次
1.脊髄損傷とは
2.これまでの脊髄損傷の治療法
3.再生医療を使った脊髄損傷の新しい治療法
4.当院の幹細胞治療の流れ
5.幹細胞治療のメリットとデメリット
6.まとめ
┃1.脊髄損傷とは
脊髄損傷は、高所からの転落や交通事故、スポーツの外傷などが原因で脊髄が圧迫され、体の一部の機能が失われる状態を指します。症状は損傷の場所や程度によって異なり、体を全く動かすことができず何も感じない「完全麻痺」と、一部の機能が失われた「不全麻痺」の2つに分けられます。不全麻痺は、主に麻痺が起きることで手足の動きの感覚喪失、排泄機能や性機能などの問題を抱えることになります。
<脊髄を痛めると何で体の機能に影響するの?>
そもそも脊髄とは背骨の一部である脊柱の中にある長い神経の束で、脳と直結しています。体の各部位からの感覚を脳に伝えたり、脳から出された指令を全身に伝える役目を果たしています。このほか熱い鍋に触った時に瞬間的に手をひっこめたり、目の前に物が飛んできたときに目をつぶるなど脳の代わりに運動指令を出して危機を回避する機能も担っています。
脊髄を損傷することで、脳からの指令を各部位に届けることができなくなるため、体の状態が麻痺してしまうのです。また損傷から時間が経って麻痺が慢性化すると、本人の医師とは関係なく筋肉が痙攣したりこわばったりすることがあります。
┃2.これまでの脊髄損傷の治療法
これまで脊髄は再生する方法はないとされていました。そのため損傷の進行を防ぎ、体の機能の回復を目指すことで対処していました。
<これまでの治療法>
・手術
脊髄に対する圧迫を取り除いたり、脱臼している脊柱を元の位置に戻したり、固定して損傷部位を広げないようにします。
・リハビリテーション
運動療法や物理療法、言語療法、呼吸療法などで損傷した神経や筋肉の機能を回復させます。
・薬物療法
脊髄損傷によって引き起こされる痛みや筋肉の硬直、痙攣などを軽減するために行います。
┃3.再生医療を使った脊髄損傷の新しい治療法
近年、患者自身の細胞から培養した「幹細胞」という細胞を患部に注射し、死滅した組織の回復を図る再生医療が注目を集めています。この治療法は、これまで再生できないとされていた脊髄も再生することができるので、脊髄損傷を治せる可能性が出てきました。
<幹細胞治療とは>
幹細胞は体の修復機能を持つ細胞です。細胞の修復や再生が必要なとき、幹細胞そのものが自ら細胞分裂を行い、傷ついたり不足したりした細胞の代わりとなります。
幹細胞は分裂して同じ細胞を作る能力を持った「組織幹細胞」と「多能性幹細胞」の2種類に分けられます。組織幹細胞の中でも間葉系幹細胞は骨髄や脂肪、歯髄、へその緒、胎盤などの組織に存在する体性幹細胞の一種で、さまざまな細胞へ分化することができます
幹細胞治療で脊髄損傷を治療するためには、患者自身の身体から採取した脂肪細胞をもとに幹細胞を培養します。培養して増やした幹細胞を損傷が起きている箇所に注射して、傷ついた組織を修復していきます。
<幹細胞移植の適切な時期>
亜急性期には炎症反応が収束し、内因性の神経栄養因子の発現が増加するなど細胞移植に至適な時期となります。
脊髄損傷される方は年間5,000人ほどいます。急性期には、受傷した部位に常に強い炎症反応が起きるので、まず炎症を食い止めることが重要になります。HGFには炎症を抑え、細胞を保護する作用が知られています。HGFは細胞の再生を誘導する能力もあり、実際にサルの実験では運動機能の障害を抑える効果を認めています。
┃4.当院の幹細胞治療の流れ
当院の再生医療の特徴として「脊髄腔内注射療法」を採用しています。
これは損傷した部位に直接幹細胞、幹細胞上清液(サイトカイン)を投与できる当院独自の治療法です。
国内で行われている脊髄損傷の再生医療は幹細胞を点滴で投与して脊髄に届けることが多いのですが、血管に入った幹細胞は全身にまわるので損傷した脊髄に届くときには幹細胞の数が少なくなります。
脊髄外科専門医、再生医療専門の院長田中が考えた当院の治療は脊髄髄腔内に幹細胞を直接注射するため効果的です。
当院では、まだ国内ではほとんど届出を行っていない、損傷した神経部位へ確実に幹細胞を投与する治療法を行なっております。この治療法は脊髄の損傷部へ直接、幹細胞を届けることができ、点滴で全身投与するよりも神経の再生能力を高めることができます。
<当院の治療メニューと料金>
医師による診察・カウンセリング:11,000円
感染症検査(採血):11,000円
脊髄髄腔内幹細胞移植:1,980,000円
脊髄内幹細胞上清液療法(脊髄神経修復治療)4回:1,100,000円
※すべて税込み
幹細胞治療を行う際には、主に下記のような流れで治療を進めていきます。
①カウンセリング
事前に服薬情報やMRI画像などをご用意していただいた上で、医師がカウンセリングを行います。体調や既往歴、服薬中の薬、リハビリ状況などを伺います。
②検査
感染症の有無を調べるための血液検査や、胸部のレントゲン検査、心電図検査などを行います。
③脂肪採取
腹部からごく少量の脂肪を採取します。入院などは不要な場合がほとんどです。
④幹細胞の培養
脂肪細胞から幹細胞を分離、培養します。培養には約3週間を要します。
⑤幹細胞の髄腔内投与
培養した幹細胞を髄腔内に投与します。
⑥経過観察
その後の効果について定期的に経過観察を行います。
┃5.幹細胞治療のメリットとデメリット
幹細胞治療はさまざまなメリットがある一方、新しい治療であるためリスクも存在します。
<メリット>
・患者自身の細胞を使っているので安全性が高く、副作用が少ないです
・今までは対応が難しかった症例も根本的に治療ができる可能性があります
・入院の必要がなく、外来で治療をすることができます
<デメリット>
・自由診療のため保険が適応されません
・新しい治療法のため、長期での体への影響が確認されていません
・患者自身の再生力を利用した治療法なので、効果が現れるまでに個人差があります
┃6.まとめ
事故や怪我を克服したとしても脊髄を損傷したことで、これまでの生活が送れなくなったという患者も少なくありません。ただし、これまで根本治療ができなかった病気も再生医療の進展によって明るい可能性が出てきました。もしも気になった方は、当院にご相談ください。
【参考論文・資料】
・脊髄損傷患者に対する 自家骨髄間葉系幹細胞移植と リハビリテーション治療
・参考論文:
Ogawa, Y, Sawamoto K, Miyata T, Miyao S, Watanabe M, Nakamura M, Bregman BS, Koike M, Uchiyama Y, Toyama Y, Okano H:Transplantation of in vitro-expanded fetal neural progenitor cells results in neurogenesis and functional recovery after spinal cord contusion injury in adult rats. J Neurosci Res ù÷÷ù;ýĀ:Āùü-Āúú
eNeuro
論文タイトル / Title
Chronic Spinal Cord Injury Regeneration with Combined Therapy Comprising Neural Stem/Progenitor Cell Transplantation, Rehabilitation, and Semaphorin 3A Inhibitor
著者 / Authors
Takashi Yoshida, Syoichi Tashiro*, Narihito Nagoshi*, Munehisa Shinozaki, Takahiro Shibata, Mitsuhiro Inoue, Shoji Ogawa, Shinsuke Shibata, Tetsuya Tsuji, Hideyuki Okano, Masaya Nakamura
脊髄損傷慢性期に対する神経幹細胞移植治験成績
Clinical Outcomes from a Multi-Center Study of Human Neural Stem Cell Transplantation in Chronic Cervical Spinal Cord Injury. Levi AD, Anderson KD, Okonkwo DO, Park P, Bryce TN, Kurpad SN, Aarabi B, Hsieh J, Gant K.
J Neurotrauma. 2019 Mar 19;36(6):891-902.
・脊髄損傷に対する神経幹細胞移植の治療効果を増強させる治療法の発見(九州大学)
Prior Treatment with Anti-High Mobility Group Box-1 Antibody Boosts Human Neural Stem Cell Transplantation-Mediated Functional Recovery After Spinal Cord Injury ,Stem Cells,
10.1002/stem.2802